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万里長城山門
実際の万里長城には山門はございませんが、
太陽公園万里長城の入口となります。
山門には一刀彫の仁王様が鎮座しております。

万里長城門
万里長城
中華人民共和国にある遺跡。ユネスコの世界遺産(文化遺産)。
河北省山海関から、甘粛省まで至り、総延長は6,352kmに及ぶ。
太陽公園万里の長城は、現地の本物とサイズは同じに造っています。
太陽公園万里長城は2キロでございます。
本場さながらの長城を堪能ください。
万里長城と双塔寺
天安門広場横の万里長城入場ルート
天安門と双塔寺を眺めながらの散策はまさに中国旅行気分満喫です
万里長城と双塔
太陽公園万里長城
山の尾根に石を敷き詰めて長城を再現いたしました
中央に写るのが双塔寺の双塔の一つです。
万里長城と双塔寺
万里の長城(
ばんりのちょうじょう、
ワンリー・チャンチョン)
中華人民共和国にある遺跡。ユネスコの世界遺産(文化遺産)。
河北省山海関から、甘粛省まで至り、総延長は6,352kmに及ぶ。
太陽公園万里の長城はその距離2キロです。
当初は延長の計画がございましたが当面現状維持とさせていただきます。
太陽公園万里長城ベストショットポイントです。
万里長城
何カ所かある万里長城へのアクセス階段のひとつです。
万里の長城と双塔(中国)
新緑の中の太陽公園万里の長城と双塔
現寸で再現したという長城の大きさが解って頂けますでしょうか。
全長2キロに及ぶ万里長城はこんな険しい坂もあります
是非運動靴をご用意ください
ここの眺めはまさに中国そのものとなります。
新緑シーズン 紅葉シーズンがお勧めです。
天安門(紫禁城)
中華人民共和国の北京市東城区にある城門。
世界遺産・故宮(紫禁城)の正門であった門であり、
楼上で毛沢東氏が中華人民共和国の建国宣言を行い、
中華人民共和国の国章にもその姿が描かれるなど、
中華人民共和国の象徴のひとつ。
太陽公園天安門は中華人民共和国において
施工・一度組み立てたものを解体して運んだものです。
着色は現地より職人さんに来て頂き
「手書き」で描かれたもので本場さながらの建物をご覧頂けます。
手前の広場は「太陽公園 天安門広場」で、
毎年8月10日にはここで「火祭り」行事を開催しています。
天安門(裏)
太陽公園天安門を万里長城から眺めた風景です。
建物の部材・瓦全て本場中国の製造です。
天安門
天安門と天安門広場
兵馬俑(屋外版)
兵馬俑
太陽公園には多数の屋外用の兵馬俑を展示しています。
石像で中国で製作されたものを展示しています。
一体一体手彫りですので、全ての兵馬俑の表情は微妙に違いがあります。
(誰かに似ている兵馬俑もきっとあるはずです)
兵馬俑博物館入口
中国で初めて国を統一したのは秦の始皇帝です。
そして壮麗な阿房宮を建て、万里の長城を築くと同時に取りかかったのが、
自らの墓、「始皇帝陵」の建設を始めたことです。
この「皇帝陵」の東1.5km「副葬坑」として建設されたのが、
今世紀最大の発見とも言われる「秦始皇帝兵馬俑坑」です。
太陽公園兵馬俑博物館には1000体の兵馬俑を展示させています。
現地中国の兵馬俑博物館の館長さんもこの太陽公園兵馬俑をご覧になりに来日されました。
展示しています兵馬俑は本場中国の兵馬俑博物館公認の中国から輸入のレプリカです。
兵馬俑坑入り口
兵馬俑
古代中国で死者の埋葬に副葬品として埋葬されたもの。
兵士及び馬をかたどったものを兵馬俑と言う。
有名なところでは、秦の始皇帝の陵墓の周辺に埋納されたものがある。
秦の始皇帝陵は、1987年、世界遺産(文化遺産)に登録されています。
太陽公園兵馬俑坑は、この秦の始皇帝陵を再現したものです。
兵馬俑博物館の奥には「秦の始皇帝陵」も再現しています。
展示している兵馬俑は、これも中国の兵馬俑博物館に
おいて作成されたレプリカを展示していますが、
本物とサイズは全く同じものとなっています。
その数、1000体の兵馬俑は圧巻ですよ。
日本広しといえども、
これだけの兵馬俑を一同に展示しているのはここ太陽公園だけでしょう。
兵馬俑
兵馬俑
太陽公園兵馬俑
秦の始皇帝は中国において初の皇帝となった人物。
自身の大きな陵墓を建てたのが秦始皇帝陵である。
秦の始皇帝陵は1974年に地元の住民により偶然発見されたもので
20世紀最大の発見とされています。
兵馬俑坑は、秦の始皇帝陵を取り巻くように配置されており、
その規模は2万m
2余におよぶ、きわめて大きなもので、
3つの俑坑には戦車が100余台、陶馬が600体、
武士俑は成人男性の等身大で8000体ちかくあり、
みな東を向いているということです。
太陽公園兵馬俑は1000体ですが、
スケールの大きさを体感していただけます。
兵馬俑
1000体もの兵馬俑を展示するのは日本広しといえどもこの「太陽公園」だけです。
一体一体手つくりされたもので同じ顔はありません。
韓国灯籠
ピラミッド
ピラミッド全景
スフィンクス
ツタンカーメン
ピラミッド・鶏足寺への参道
春にはツツジが綺麗に咲きますよ。
双塔寺
太原市東南の「郝庄村」南にある寺。1608年に建造された。
別名「永祚寺」とも言い「祚」とは神に助けを求めるという意味です。
中国では有名なお寺で観光スポットにもなっています。
太陽公園双塔寺の竣工式・開眼式典には
現地の最高僧侶の方に来日頂き入魂して頂きました。
実は
太原市と姫路市は姉妹都市提携を結んでおり、
その姉妹都市提携の記念の意味も含めて建立したものです。
お寺の中は実際に仏壇も祀り法要も執り行っております。
双塔寺の双塔
磨崖仏
鶏足寺と五百羅漢
鶏足寺(けいそくじ)
太陽公園鶏足寺の建つ山が峰相山といい、
古書「峯相記」によると、6世紀頃、
神功皇后の三韓征伐にて来朝した新羅の皇子により
建立されたという記録がのこされています。
創建は581年と伝えられ、日本最古の寺院という。
天正6年(1587年)中国攻めの羽柴秀吉に抵抗したため、
全山焼き討ちにあい滅亡。多くの僧侶が亡くなったとされる。
今でも山頂には当時を偲ばせる石垣が残っており、
五輪塔や瓦などが多数発掘されている。
その鶏足寺を偲び復興したものです。
彼岸には法要を執り行っております。
周囲に小さなお堂を建立していますが、当時の無念の死を遂げたであろう
僧侶さんたちの鎮魂の意味を含め建立しています。
五百羅漢(後方の寺は鶏足寺)
五百羅漢(後方の寺は鶏足寺)
尊敬や施しを受けるに相応しい聖者という意味である。
もとは仏陀の尊称の一つでもあった。
中国・日本では仏法を護持することを誓った
16人の弟子を
十六羅漢と呼び尊崇した。
仏典編集に集まった500人の弟子を
五百羅漢と称し
て尊敬することも盛んであった。
太陽公園五百羅漢は、鶏足寺の護守として建立。
全て手彫りの羅漢で全て表情が違います。
かつて羽柴秀吉に焼き討ちされて無念の死を遂げたと
言われる僧侶の鎮魂の意味もございます。
実は同じ顔の羅漢さんはありません。全て手彫りで作成されたものです。
羅漢さんもこれだけ集まればすごいですよ。
実際にご覧になりませんか。
モアイ像
イースター島にある人面を模した石造彫刻のこと。
大きさは3.5m、重量20トン程度のものが多いが最大級のものは20m、
重量は90トンに達するという。
香川県高松市に本社を置く株式会社タダノが、
1992年からクレーンなどをイースター島に持ち込んで
モアイ像を起こしたり修復などを行ったという話しは有名ですね。
太陽公園モアイ像はさすがにそこまでの大きさには
できずにちょっと小さめのモアイを展示しています。
モアイ像
マーライオン
シンガポールにある、上半身がライオン、下半身は魚の像。
シンガポール近辺にかつて栄えた都市の名「タマセク」(海の意)
にちなみフランス語の「海」Mer と、シンガポールの
名の元になったライオンを合体させたと言われている。
マーライオンを国の守り神として祀られています。
太陽公園マーライオンは残念ながら水は出ません。
公園内に2体ありますよ。(探してくださいませ)
自由の女神像
実物よりは少し?小さいですが
太陽公園自由の女神は優雅な姿でございます
触ることのできるかわいい女神像です
小便小僧
??数が多すぎ??
申し訳ございません。数で勝負の小便小僧たちでございます。
本物の小便小僧は、噴水の一種となっており
水を放水するようになっています。
ベルギーのブリュッセル市庁舎にあるものが本家で世界各所にレプリカがある。
現在の像は、1619年にフラマン人彫刻家ジェローム・デュケノワにより
製作されたブロンズ製のもの。実際のものの大きさも
身長56cmということから、「世界三大がっかり」の一つと呼ばれている。
太陽公園小便小僧は、その数で「勝負」です。
これだけの数の小僧を一同に集合させているのも太陽公園ならではです。
圧巻の小僧さんを見に来てくださいませ。
石貨神殿(ヤップ島の石の貨幣をお祀りしています)
ヤップ島はミクロネシア連邦にある島。
浅くて狭い水路でわかれた4つの島がよく発達した広い
サンゴ礁(リーフ)に囲まれた地形をなす大陸島で、
海岸線の8割以上はマングローブで被われている。
4島のうち1番北のルムング以外はすべて舗装道路と橋でつながっている。
ヤップ島というときは、この4島をまとめて指すことが多い。
太陽公園石貨神殿は、ヤップ島で古来使用されていた
という石の貨幣をお祀りしています。
金運祈願にどうぞお参りください。
世界のコインを石に刻んで展示しております。
石貨神殿
太陽の門(ボリビア)
ボリビア アンデスのティワナク遺跡に残る門
2000年に世界遺産に登録されたが、破壊がすさまじいとのこと。
太陽公園に再現いたしました。
ボリビアを代表する遺跡ということで
国のパスポートにも印刷されているということです。
実際の門もそんなに大きな門ではないようです。
この門を中心にマチュ・ピチュの遺跡を復元いたしました。
月の門(ボリビア共和国)
「ティワナク遺跡」にある月の門。
太陽の門とともに有名な門です。
インカの遺跡と比べても相当に古く、紀元前200年から
紀元1200年ごろまで栄えた宗教都市遺跡といわれる。
40km四方の広大な敷地面積に巨大なピラミッドの
跡や巨石建造物がたくさん残っており、特に注目はモザイクを
思わせる石組みの高度な技術を使った石壁が、
クスコやマチュピチュにあるインカ遺跡のものとほとんど同じという不思議。
紀元前の時代に日本ではこんな石の造形物はみかけられません。
現物もそんなに大きなものではなく、
現物より大きい門となっております。
カバーのアーチ(メキシコ)
カバー遺跡は、古代都市ウシュマルの姉妹都市として栄えたマヤ文明の遺跡。
マヤの凱旋門ともいわれる。
また、マヤ・アーチともいわれる、天井部分が三角の独特の
アーチで擬似アーチともいわれ、マヤ文明の建築物によく見られる。
太陽公園にそのアーチを再現いたしました。
古くにこれだけの石組みができる技術がマヤ文明にはあったということで驚きでございますね。
マチュ・ピチュ遺跡
マチュ・ピチュ(
Machu Picchu)
現地語では「老いた峰」の意味で、よく保存されたインカの遺跡。
ペルーのウルバンバ谷 (Urubamba valley) に沿う高い山の尾根
(標高約6,750ft、2,057m)に位置し、空中都市の異名ももつ。
マチュ・ピチュに関する多くの謎は、未だに解明されていない。
おそらく家であったろうと思われる石積の外壁の復元を小さいながらもしてみました。
(この遺跡の隣にに「アッ」と驚く展示物がございます。よ。子寶に恵まれたという噂も…)
巨大人頭・太陽の門・モアイ像・奥がマチュ・ピチュ遺跡
(この右奥に「アッ」と驚く展示物がございます。よ。子寶に恵まれたという噂も…)
アステカのチャクモール(メキシコ)
チャクモールとは、アメリカ大陸全域において見られる、
仰向けの状態でひじをつくような姿勢で上半身を起こして、
顔を90度横へ向け、両手で腹部の上に皿や鉢のような
容器をかかえてひざを折り曲げている人物像のことをいう。
チャクモールは死んだ戦士を象徴していて、
神へいけにえなどの供物を運ぶ存在と考えられていて、
チャクモール像の上で人身御供の儀式がおこなわれたり、
チャクモールのもつ皿の上に取り出された心臓が置かれたといわれる。
太陽公園チャクモールは案外とあちらこちらに点在して展示しております。
探してみてください。
このチャクモールに人の臓器がお供えされたとは・・・・
(太陽公園のものはレプリカですのでご安心ください)
歴史をひもとくと案外と偶像というのは怖い道具だったりします。
最近の研究では、生贄となる人には最高特権が与えられて
大切にされていたのではという研究もなされているようです。
凱旋門
太陽公園凱旋門
凱旋門とは古代ローマ時代に軍事的勝利をたたえ、その勝利をもたらした将軍や
皇帝が凱旋式を行う記念の為に作られた門などをいいます。
各地にいろんな凱旋門が建造されていますが、有名なのはパリの凱旋門ですね。
太陽公園凱旋門はそのパリの凱旋門をモチーフとさせていただいています。
パリの本物までの大きさはないですが、一度ご来場ください。かなりの大きさですよ。
レリーフも鮮やかに再現しています。
実際のパリの凱旋門は車も通行しています。
人魚の像(Den Lille Havfrue)
コペンハーゲンを象徴する像である。
現物の像も意外に小さく、高さは80cmほどです。
この像は、アンデルセンの童話「人魚姫」に由来しているものです。
オルメカ人像
オルメカ(Olmeca、
オルメカ文化、
オルメカ文明)
メキシコ湾岸のベラクルス州南部からタバスコ州を中心として
メソアメリカ全域に先古典期の紀元前1250年頃から紀元前後にわたって栄えた文化、
文明の名称。もともとはナワトル語で、「ゴムの地の人」という意味で
スペイン人到来時に、メキシコ湾岸南部に住んでいた人々を指した。
しかし、アステカ時代である後古典期にその地に住んでいた人々が
オルメカ文明の担い手であったわけではなく、この名称が先古典期に
メキシコ湾岸で繁栄した文明の呼称として一般的に広く定着しているために
「
オルメカ」の名称を用いている。
太陽公園にも展示している巨大人頭などがオルメカ人によるものとされています。
戦士の支柱(メキシコ)
9世紀から12世紀にかけて中央アメリカで栄えた、
トルテカ族の都がトゥーラ遺跡とされています。
トゥーラのケツァルコアトル神殿の前室をこの像4体で支えていました。
蝶形の胸飾りをつけ、槍投げ器と刀と香袋を持ったこの像の姿は、
当時の戦士の様子を現しています。
巨石人頭(メキシコ)
巨石人頭像とは、メキシコ湾岸のオルメカ文化の遺跡に見られる
ネグロイド風貌の人物の頭部を表現した巨大な石像のことをいう。
巨石人頭像は、最小のもので高さ147cmで、
最大のものでは340cmに達するが、大きさは、概ね2.8mから3mくらい。
太陽公園の巨石人頭はほぼ原寸のとおりに再現いたしました。
なんだかみてるとこちらまで笑いたくなるような顔ですこと。
女性裸像(オーストリア)
ヴィレンドルフのヴィーナスとも言われる
現物は、女性の姿をかたどった、高さ 11cmほどの像。
太陽公園の裸像は大きくして展示しております。
ヴィーナス像は、写実的な肖像というより、むしろ理想化された女性の姿を表している。
像の女陰、乳房、膨張した腹部は非常に顕著であり、
多産・豊穣との密接な関係を示唆している。
小さな腕は乳房の上でまとまっており、像には明瞭な顔面がない。
頭部は、組み紐の巻いたものや、目、頭飾りの一種と考えられるもので覆われている。
どうぞ子宝祈願・安産祈願をお願いしてみてください。
きっと願いがかなう かも…
埴輪の丘
天安門広場の一角に展示
展示当初は円筒埴輪とセットで展示していましたが
台風による被害のために破損
現在は人物埴輪のみの展示となっています。
埴輪の丘
どことなくかわいい人物埴輪
(大きさはかわいくない巨大埴輪です)
天安門広場の片隅にございます
韓国鐘楼
大きな鐘も設備しています。
大晦日には年越しの除夜の鐘をついています。
万里の長城と鐘楼のセット風景は太陽公園でしか見ることができません。
太陽スクウェア
天安門裏に整備した休憩所です
お弁当を広げるも良し、愛を語らうも良し
中国旅行気分満喫です。
天気の日の太陽公園は、もう最高ですよ。
コンビニ弁当持ち込み可でございます。
公園内には、パン屋さん(月・火曜休み)うどん屋(平日休み)
おみやげ屋さん(平日営業)がございます。
のんびりと家族と、友達と語らいながら世界旅行気分を満喫してください。
狛犬(中国 清王朝時代)
今からおよそ200年ほど前の清王朝時代の中国で、現在の吉林省に勢力を持っていた豪族により、
御影石で作られたものです。その約100年後、その豪族の子孫がアメリカに移住した際に、
共に海を渡り、広大な庭にお守りとして置かれたそうです。
それからまた100約年後、株式会社明光商会(東京都千代田区)の創業者の故高木禮二氏が
1993年11月に購入されて東洋の地に里帰りし、明光商会本社ビルの正面玄関前を守っていました。
このたび明光商会様が、本社を移転するにあたり、新社屋ながら玄関前スペースの関係上、
大きな狛犬を連れて行くことが出来ない、
それでも創業者の思いのこもった狛犬なので大事にしたい…と悩んでいたところ、
当太陽公園のことを知られてご寄贈くださったものです。
縁あって、はるばるやってきた二匹の大きな狛犬。太陽公園に数ある石像達の中でも、文化財クラスでしょう。
東京市ヶ谷の小学校の教材にもなっていたそうです。
敬意を払ってお迎えし、入場門の前で二匹並んで座っていただきました。
存在感たっぷりで鎮座するその姿は大迫力です。
<大きさ>
幅 約103cm・奥行 約205cm・高さ 約270cm
石灯籠(日本 江戸時代)
慶安5年(1652年)、江戸幕府第三代将軍徳川家光公の一周忌に大名
小堀大膳(小堀備中守正之)が、江戸の東叡山寛永寺(現在の東京上野)に奉献したもので、
戊辰戦争や関東大震災、東京大空襲にも耐えてきた由緒ある石灯籠です。
実際に由緒等が灯籠中断に彫られています。(右の写真)
2008年6月狛犬二頭に引き続き、株式会社明光商会様から
峰相山鶏足寺に奉献していただいたものです。
写真については無断複製を堅く禁じます。(公園内では撮影自由でございます。)